老後どうする

私がこの仕事を始めたころ、
パパはサラリーマン。子供たちは大学生。
平成5年のスタートだったけど、売り上げは500万で始まり、
あれよあれよという間に、1000万を超えた。
何が言いたいかというと、一人ではできない量の仕事量になった。という事。

お手伝いに来ていただいていた方は、
「暮れには、毎年30万くれる」と言っておられた。
(ごめんなさい。この一言が言いたいために、売り上げから入っていく、
私ってなんていう女なんでしょう)

しかし
我が次女は、いつものように、梅地価のケーキと、パン。
そして今年は自分が食べたい。という「おせち」を買ってくれた。だけ・・・・・・・・
今年は、たぶんどっさりボーナスをもらったと思う。
総合職になって二回目。
上記のお家は、ご夫婦で先生をされているが、
世が世なら、**(会社名)の総合職といったら、
公務員二人の給料を優に超えていた。

近所の親戚の人が、自分の夫は、国鉄で福知山の管理職だったけど、
弟が「伊藤忠」に行っていて、
「うちのボーナスより、弟の給料の方がよいんや。そうやけど、
高い背広作らんなんし」と言っていたのを思い出す。

そんな次女は、お金のことは何にも言わない。

私も、ここで10万くれたら即、鞄買うのに・・(ちがうか)
と思うけれど、くれとはよういわん。

その娘が、「ここに帰らんなんやったら・・」
と、介護らしきことを言いだした。

長女は、私が、私から「お願いだから帰って来て」とお願いしたのだ。
おかげで、嬉しい嬉しい生活をしている。
炊事・洗濯掃除の全てを娘がやってくれる。
私は手芸をしていたらよいのだ。

次女も、今お金とも言わないが、老後を介護してくれるなら、
仕方ない・・・・・

この頃よく聞くのが「子供に迷惑をかけたくない」という言葉。

これからの老後は、そんなことは無理なのだ。
先日ラジオで「介護付きの高いマンション。」「あんなものはぜったいにあかん。不幸の始まりだ」
と言っておられた。
自分の娘にお世話をしてもらう。
私は、なんて恵まれているんだろう・・・・・

しかし
少しでも元気でおられるように、苦の道を選んで歩いていこう・・・・・・・・

さぁ
箱根駅伝。渡辺くんが引退のようだ。
ひいきチームがなくなるが、駅伝フアンになって、誰かが言ったように
「テレビの前で『正座』してみることにしようか」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7:11
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

chiyoemy

Author:chiyoemy
兵庫県丹波市市島町で、専業主婦から一転、専業農家の道に入って20年。お米の販売や黒豆の販売。今年から、家庭菜園の部分を増やして「趣味」の農業を始めました。野菜さんに囲まれて「ハッピー」なちよえちゃんです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード