足元を見よ

今流の言い方だと
「自分に出来ること」だろうか・・・・・・

私もいばらの道を歩いてきた。
1500万を他人に使われ、2000万を借りて、農業を始めて、
一年目が、平成5年の冷夏。
米は、3トンしか収穫できなかった。
平成6年は、干ばつ。この年は、3等以下のお米が3トンくらい収穫できたのか。

県の農業改良普及センターの人に「もう何が来ても、怖くないですね」
と、言われたことを思い出す。

45歳の頃。

私が常に心にしてきたことは、
「足元を見よ」でした。
自分に出来ることを、コツコツと続けて行こう・・・・・・

心が痛んで、悲しくて・・・・
しかし 起きてしまったことは仕方ない。
今できることを、我慢しながらやるしかない。

20年前とは、社会構造が違うけれど、
人の心の根幹は変わっていないと思う。

立ち直ってほしい。朝の来ない夜が無いように・・・・・・・・
車の中で何日も寝たねぇ・・・・と言える日が必ず来る。

わが娘たちは、甲子園口の駅前のマンションにいた。
「余震で寝られない」ということで、「お家に帰ろう」
と3日目に家に帰って来た。
第一声は「大阪駅には、普通に暮らしている人が、いた」
「世の中、そんなもんや」と言ってやった事、を思い出した。

そして今
「そうやった。そうやった」とテレビを見て言っている。
そんな日は必ず来る。

「負けないで」心強く持って・・・・・・・・・・・6:03
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chiyoemy

Author:chiyoemy
兵庫県丹波市市島町で、専業主婦から一転、専業農家の道に入って20年。お米の販売や黒豆の販売。今年から、家庭菜園の部分を増やして「趣味」の農業を始めました。野菜さんに囲まれて「ハッピー」なちよえちゃんです。

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